2026年1月23日、テレビ朝日「徹子の部屋」に元ピンク・レディー・ケイこと増田惠子さんが出演!今年2026年8月でピンク・レディーとしてデビュー50周年、
ソロデビュー45周年を迎える増田さんの最新情報と、ファンなら知っておきたいプロフィール、コンサート情報、そして2024年に亡くなった夫への想いまで、すべてをまとめました。
スポンサーリンク
【速報】2026年1月23日「徹子の部屋」出演内容
放送情報
番組名:徹子の部屋
放送局:テレビ朝日系列
放送日時:2026年1月23日(金) 13:00〜13:30
ゲスト:増田惠子
放送内容
ピンク・レディー時代を振り返る
- 睡眠時間3時間、1日十数本の仕事
- スタジオの片隅にゴザを敷いて仮眠
- なかなかデビューできず、自分でつかんだ歌手の夢だったことから悔いはない
亡き夫への想い
- 2024年8月に膵臓がんで他界した夫・桑木知二さんへの想い
- 料理好きの夫の影響で「丁寧な食卓」を目指すようになった日々
- 夫が静かに余命を受け入れ、自分らしく笑顔で最期まで暮らした姿
- 夫のため、自分も笑顔で丁寧な暮らしを続けることを決意
デビュー50周年への想い 2026年8月でピンク・レディーとしてデビュー50周年を迎える増田さんが、現在の心境を語ります。
スポンサーリンク
増田惠子プロフィール(2026年最新)

基本情報
名前:増田惠子(ますだ けいこ)
本名:桑木啓子(くわき けいこ)
旧姓:増田、旧々姓:小林
愛称:ケイ(KEI)
生年月日:1957年9月2日
年齢:68歳(2026年1月現在)
出身地:静岡県静岡市(現:葵区)
血液型:O型
所属事務所:ケイ・オフィス(佐藤企画と業務提携)
公式サイト:https://www.kei-office.net/
Instagram:@keiko_masuda_official
ブログ:増田惠子オフィシャルブログ「Yes!My Life」
生い立ち
1957年9月2日 静岡市駿河区八幡にて小林家の三人兄妹の末っ子として誕生
1961年(4歳) 父の死去に伴い、焼津市に住む母の姉である伯母夫婦(増田家)に預けられる
1964年(7歳) 伯母夫婦の養女となる
1971年4月(中学2年) 静岡市立末広中学校に転校し、翌1972年に根本美鶴代(現:未唯mie)と出会う
この運命的な出会いが、後のピンク・レディー結成へとつながります。
スポンサーリンク
ピンク・レディーとしてのデビューと活躍
「スター誕生!」からデビューまで
1976年2月 日本テレビ「スター誕生!」決戦大会で合格
1976年8月25日 根本美鶴代(ミー)とのデュオ「ピンク・レディー」として「ペッパー警部」でデビュー
デビュー当時の芸名は「増田啓子」、愛称は「ケイ」。
スター誕生から半年足らずのスピードデビューでした。
社会現象を巻き起こした大ヒット
デビュー曲「ペッパー警部」
- 売上60.5万枚(オリコン調べ)
- 出荷ベースではミリオンセラー
- 1976年末「第18回日本レコード大賞」新人賞受賞
- 両脚をがに股に開くポーズを含む斬新な踊りが話題に
連続ヒット
- 第2弾「S・O・S」(1976年11月)
- 第3弾「カルメン’77」(1977年3月)
- その後も「渚のシンドバッド」「UFO」「サウスポー」など次々とヒット
社会現象化
- 子どもから大人まで、誰もがピンク・レディーの振り付けを真似した
- テレビ出演、コンサート、映画、CMなど多忙を極める
- 1970年代後半の日本を代表するアイドルデュオに
過酷なスケジュール
増田さんが「徹子の部屋」で語る通り、当時のスケジュールは過酷を極めました。
- 睡眠時間:3時間
- 仕事量:1日十数本
- 仮眠場所:スタジオの片隅にゴザを敷いて
- 移動時間:ほとんどなし
- 終業時間:連日朝方3時〜4時まで
- 開始時間:朝6時には翌日の仕事が開始
給料事情
勝俣州和さんのYouTubeチャンネルで明かされたところによると、デビュー1年目の給料は以下の通りでした。
- 月給:一律5万円(スター誕生からデビューした歌手は全員同額)
- それ以前:1個仕事をすると3,000円
増田さんは「歩合なんてあるの知らなかった。好きなことをやって、夢だった歌手になって歌って踊れて…それだけで幸せだった」と当時を振り返っています。
1981年 ピンク・レディー解散
1981年3月31日、約4年半の活動に幕を下ろし、ピンク・レディーは解散しました。
スポンサーリンク
ソロ歌手としての活動
1982年 ソロデビュー
1982年 ソロ歌手として「すずめ」(中島みゆき作詞・作曲)でデビュー
この楽曲は大ヒットを記録し、ピンク・レディー解散後のソロアーティストとしての地位を確立しました。
フランスデビュー
1988年 パリに渡り、かねてから興味を抱いていたシャンソンを学ぶ
1989年 IVS音楽出版バックアップのもとフランスでデビュー
アルバム「Simples Confidence」(全10曲)
- 仏語6曲、英語4曲
- JUST’IN(ジュスティーヌ)より発売
- グランダルシュでライブパフォーマンス
- 日本盤は「Voice Cologne」として徳間ジャパンより発売
ソロ活動の歩み
主なソロアルバム
- 1989年「Voice Cologne」(フランスデビューアルバム日本盤)
- 2005年12月7日「奇蹟の花」(15年ぶりの新曲)
- 2008年8月6日「Now & Then 〜もいちど遊びましょ〜」(19年振りのソロアルバム)
- 2012年11月「Colors 30th Anniversary All Time Best」(ソロデビュー30周年記念)
- 2014年「愛唱歌」(初のカバーアルバム)
- 2022年7月27日「そして、ここから…[40th Anniversary Platinum Album]」(ソロデビュー40周年記念)
- 2026年2月4日「ゴールデン☆ベスト 増田惠子 シングル&恋するお友達」(発売予定)
2026年最新アルバム情報
2026年2月4日、ワーナーミュージック・ジャパンより「ゴールデン☆ベスト 増田惠子 シングル&恋するお友達」がリリース決定!
- 価格:2,200円(税込)
- 品番:WPCL-20044
- 内容:セカンドアルバム「恋するお友達」が初CD化!シングル全曲も収録
増田さんは「錚々たる作詞作曲家、シンガーソングライターの皆様から素晴らしい楽曲をたくさん書いて頂いて、本当に幸せ」とブログで喜びを語っています。
スポンサーリンク
ピンク・レディー再結成の歩み
2003〜2005年 復活コンサート
2003年から2005年にかけて、ピンク・レディーとして復活コンサートを開催。
これ以降、テレビのバラエティー番組への出演も増加しました。
2017年末 第59回日本レコード大賞
2017年12月30日 TBS系「第59回 輝く!日本レコード大賞」に出演
- 恩師・阿久悠の功績を讃える特別出演
- レコ大の舞台には39年ぶり
- 直近のコンサートツアーからは6年ぶり
- 都倉俊一の指揮によるオーケストラで「ペッパー警部」「ウォンテッド(指名手配)」「UFO」を披露
2018年 第60回日本レコード大賞
2018年 「第60回 輝く!日本レコード大賞」にも出演
“レジェンド・アーティスト”コーナーで「UFO」「S・O・S」「渚のシンドバッド」「サウスポー」のメドレーを披露。
2025年 未唯mieとのジョイントライブ
2025年8月23日 ビルボードライブ大阪(1日2回公演)
2025年9月2日 ビルボードライブ横浜(1日2回公演・増田さん68歳の誕生日当日)
「増田惠子&KEI(ピンク・レディー) I Love Singing!!2025〜バースデイスペシャル〜」として開催。
※2025年9月2日の横浜公演は増田さんの体調不良により延期となりました。
スポンサーリンク
女優としての活動
ドラマ出演歴
主なドラマ出演作
- 火曜劇場「三年待った女」(1981年、NTV) – 沢本真理子 役
- 時代劇スペシャル「清水次郎長シリーズ」(1981〜1983年、CX・東映) – お蝶 役
- 月曜ワイド劇場「雲の階段 ニセ医師をめぐる女二人」(1983年、ANB) – 鈴木幸子 役
舞台出演
音楽劇「トムとジェリー 夢よもう一度」(2019年)
- 名古屋御園座
- 東京BUNKAMURAオーチャードホール
- 大阪・クールジャパンパーク
スポンサーリンク
増田惠子の結婚と家族
2002年 電撃結婚
2002年6月23日 音響会社「ギルド・ジャパン」社長の桑木知二と電撃結婚
- 44歳での結婚
- 桑木さんとはテレビ番組を通じて古くからの知り合い
- 増田さんからプロポーズ
夫の影響で変わった生活
結婚するまでは食事に無頓着だった増田さんですが、料理好きの夫の影響で大きく変化しました。
- 自分で出汁をひくように
- 「丁寧な食卓」を目指す
- 色々なメニューを作るように
夫婦で過ごす時間は、増田さんにとってかけがえのないものでした。
2024年8月 夫の死去
2024年8月21日 夫・桑木知二さんが膵臓がんのため死去(享年70)
2024年10月7日 増田さんがブログとInstagramで報告
増田さんは「徹子の部屋」で以下のように語っています。
「動揺する私とは対照的に、夫は静かに余命を受け入れ、自分らしく笑顔で最期まで暮らしました。夫のため、自分も笑顔で丁寧な暮らしを続けることを決意しました」
夫を失った悲しみの中でも、夫が教えてくれた「丁寧な暮らし」を続けることが、増田さんにとっての供養となっているようです。
家族について
増田さんには以下の家族がいます(いました)。
- 実母(小林家):2012年に死去(享年93)
- 養母(増田家の伯母):2001年に死去
- 夫:桑木知二(2024年8月死去)
増田さんは2人の母を看取り、そして最愛の夫を看取りました。
スポンサーリンク
2026年ピンク・レディーデビュー50周年記念イベント
2026年2月4日 アルバムリリース
「ゴールデン☆ベスト 増田惠子 シングル&恋するお友達」
ソロデビュー45周年を記念したアルバムがリリース決定!
2026年2月6日 アニバーサリーコンサート
公演名:増田惠子・ソロデビュー45th anniversary concert I Love Singing スペシャル! 〜ソロシングル、カバー、そしてピンク・レディー
日時:2026年2月6日(金) 開場17:00 / 開演18:00 / 終演20:00(予定)
会場:I’M A SHOW(東京都千代田区有楽町2丁目5番地1号有楽町マリオン別館7F)
チケット:公式サイトにてお問い合わせください
主催:サンライズプロモーション
企画制作:佐藤企画/カンパニーウエスト
特徴:自身初となる「事前セットリスト公開」によるコンサート!
2026年8月 デビュー50周年
2026年8月25日で、ピンク・レディーとしてデビューちょうど50周年を迎えます。
記念イベントやコンサートが予定されているかもしれません。公式サイトやSNSで最新情報をチェックしましょう!
スポンサーリンク
テレビ出演情報
2026年1月9日〜 「STORIES〜歌に刻まれし物語〜」
放送局:BS10プレミアム
放送日時:
- [#1] 2026年1月9日(金)19:00 / 1月13日(火)11:00 他
- [#2] 2026年1月16日(金)19:00 / 1月20日(火)11:00 他
2026年1月23日 「徹子の部屋」
放送局:テレビ朝日系列
放送日時:2026年1月23日(木) 13:00〜13:30
ピンク・レディー時代の思い出や、亡き夫への想いを語ります。
BS10プレミアム「増田惠子&KEI(ピンク・レディー)I Love Singing!!」
2025年10月28日にBillboard Live YOKOHAMAで開催されたライブの独占放送が再放送されています。
スポンサーリンク
増田惠子の人柄・エピソード
自分でつかんだ歌手の夢
増田さんは「徹子の部屋」で、「なかなかデビューできず、自分でつかんだ歌手の夢だったことから悔いはない」と語っています。
スター誕生に出場し、厳しいオーディションを勝ち抜いてデビューを果たした増田さん。その努力と情熱があったからこそ、ピンク・レディーの大成功があったのです。
礼儀正しく真面目な性格
芸能界の先輩や共演者からは、「礼儀正しく真面目」と評される増田さん。
過酷なスケジュールの中でも、常にプロ意識を持って仕事に取り組む姿勢は、多くの人から尊敬されています。
料理好きに
44歳で結婚するまでは食事に無頓着だった増田さんですが、料理好きの夫の影響で変化しました。
自分で出汁をひき、丁寧な食卓を目指すようになった増田さん。この変化は、人生後半の大きな喜びとなりました。
笑顔で丁寧な暮らし
夫を失った悲しみの中でも、夫が教えてくれた「丁寧な暮らし」を笑顔で続けることを決意した増田さん。
この姿勢には、多くのファンが勇気をもらっています。
スポンサーリンク
ピンク・レディーの名曲
シングル曲(主なヒット曲)
- ペッパー警部(1976年8月25日) – デビュー曲
- S・O・S(1976年11月25日)
- カルメン’77(1977年3月10日)
- 渚のシンドバッド(1977年6月10日)
- ウォンテッド(指名手配)(1977年9月5日)
- UFO(1977年12月5日) – 最大のヒット曲
- サウスポー(1978年3月25日)
- モンスター(1978年6月25日)
- 透明人間(1978年10月5日)
- カメレオン・アーミー(1979年1月21日)
伝説的な振り付け
ピンク・レディーの楽曲は、土居甫による斬新な振り付けでも話題になりました。
- がに股を開くポーズ
- キレのあるダンス
- 誰でも真似できる親しみやすさ
これらの振り付けは、子どもから大人まで、誰もが真似した社会現象となりました。
スポンサーリンク
増田惠子の魅力
歌唱力
ピンク・レディー時代は「踊りながら歌う」という高度なパフォーマンスで知られていましたが、ソロになってからは、じっくりと歌う増田さんの本当の歌唱力が評価されるようになりました。
特にシャンソンやカバー曲では、深みのある表現力が光ります。
変わらぬ美しさ
68歳を迎えた2026年現在も、増田さんは変わらぬ美しさを保っています。
肌のハリ、スタイル、そして何より笑顔の輝きは、年齢を感じさせません。
プロ意識
デビューから50年、常にプロ意識を持って活動を続ける増田さん。
ライブでは全力でパフォーマンスし、ファンを大切にする姿勢は、多くの人から愛される理由です。
前向きな姿勢
夫を失った悲しみの中でも、笑顔で前を向き、丁寧な暮らしを続ける増田さん。
この前向きな姿勢は、同世代の女性たちに勇気を与えています。
スポンサーリンク
ファンへのメッセージ
増田さんは公式ブログ「Yes!My Life」で、日々の出来事や想いを綴っています。
ファンとの距離が近く、温かいメッセージを発信し続ける増田さん。デビュー50周年を迎える2026年も、変わらぬ姿勢で活動を続けていきます。
まとめ:増田惠子という生き方
1976年、19歳でピンク・レディーとしてデビューし、1970年代後半の日本を代表するアイドルとなった増田惠子さん。
解散後はソロ歌手として、女優として、そして一人の女性として、様々な人生を歩んできました。
44歳で結婚し、料理好きの夫と丁寧な暮らしを楽しんだ日々。そして2024年、最愛の夫を失った悲しみ。
それでも笑顔で前を向き、夫が教えてくれた「丁寧な暮らし」を続ける増田さんの姿は、多くの人に勇気を与えています。
増田惠子さんのポイント
✓ 1957年9月2日生まれ、68歳(2026年1月現在) ✓ 1976年ピンク・レディーとしてデビュー、社会現象に ✓ 1982年ソロデビュー「すずめ」が大ヒット ✓ 1989年フランスでシャンソンデビュー ✓ 2002年44歳で結婚、2024年に夫を失う ✓ 2026年1月23日「徹子の部屋」出演 ✓ 2026年2月4日ソロデビュー45周年記念アルバムリリース ✓ 2026年2月6日アニバーサリーコンサート開催 ✓ 2026年8月でピンク・レディーデビュー50周年
2026年、デビュー50周年を迎える増田惠子さん。これからも変わらぬ笑顔で、私たちに歌声と勇気を届けてくれることでしょう。
増田惠子 公式情報
🌐公式サイト:https://www.kei-office.net/ 📱Instagram:@keiko_masuda_official 📝ブログ:「Yes!My Life」
2026年最新情報
- 1月23日(木)「徹子の部屋」出演
- 2月4日(水)「ゴールデン☆ベスト」リリース
- 2月6日(金)ソロデビュー45周年記念コンサート
- 8月25日 ピンク・レディーデビュー50周年
※情報は2026年1月時点のものです。最新情報は公式サイトでご確認ください。

コメント