手打ち蕎麦職人から京焼・清水焼の絵付師へ――。異色の転身を遂げた上坂妙さん(雅号:善妙)の人生が、テレビ朝日「人生の楽園」で紹介され大きな反響を呼んでいます。
「生死をさまよう大病」をきっかけに人生を見つめ直し、テレビで見た京焼の美しさに魅了されて京都へ。
わずか3年の修行で独立という、伝統工芸の世界では異例の道を歩んだ彼女の物語に迫ります。
「人生の楽園」で注目!上坂妙さんとは?
番組情報
番組名:人生の楽園
放送局:テレビ朝日系列
公式サイト:https://www.asahi.co.jp/life/
テレビ朝日系列で放送中の「人生の楽園」は、人生の転機を迎えた人々が新たな暮らしを始める姿を追うドキュメンタリー番組です。
上坂妙さんの特集回では、手打ち蕎麦職人から京焼・清水焼の絵付師へと転身した、その驚きの人生が紹介されました。
上坂妙さんプロフィール
本名:上坂妙(うえさか たえ)
雅号:善妙(ぜんみょう)
職業:京焼・清水焼 絵付師(伝統工芸作家)
師匠:山岡善昇氏
修行期間:2016年~2019年(3年間)
独立:2019年
工房:うつわひより
公式サイト:https://tae-kyoto-ceramic.com/
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なぜ蕎麦職人から絵付師へ?人生を変えた「大病」という転機
手打ち蕎麦職人としての日々
上坂妙さんは、かつて手打ち蕎麦の職人として働いていました。
蕎麦打ちは、水加減、こね方、延ばし方、切り方、すべてに繊細な技術が求められる伝統の技です。
上坂さんも日々、蕎麦と向き合い、お客様に美味しい一杯を提供する仕事に誇りを持っていたことでしょう。
しかし、ある日突然、上坂さんの人生は大きく揺さぶられることになります。
生死をさまよう大病との闘い
上坂さんは、生死をさまようほどの大病を患いました。
病院のベッドで、自分の命の儚さを痛感した上坂さん。「このまま死んでしまうかもしれない」という恐怖と向き合う日々。
しかし同時に、こんな思いが心に芽生えてきたといいます。
「生かされた一度きりの人生、どう生きるのか」
病気が回復に向かい始めた時、上坂さんの中で、この問いはより強くなっていきました。
テレビで見た京焼・清水焼の美しさに魅了される
そんなある日、病室のテレビで京焼・清水焼の特集番組を目にします。
色鮮やかな絵付け。金で描かれた繊細な文様。焼き物が持つ独特の温かみと、同時に感じる高貴な美しさ。
上坂さんは、その美しさに完全に魅了されました。
「これだ。私がこれから人生をかけてやりたいことは、これだ」
蕎麦職人としての安定した生活を捨て、まったく未経験の伝統工芸の世界に飛び込む。普通なら躊躇するような大きな決断でした。
しかし、生死をさまよった経験が、上坂さんに勇気を与えました。
「一度きりの人生、本当にやりたいことをやろう」
京都へ、そして運命の出会い
上坂さんは、京都へ向かいます。目的は、テレビで見た京焼・清水焼の世界に飛び込むこと。
そして上坂さんは、ある一人の陶芸家を訪ねます。それが、後に師匠となる山岡善昇氏でした。
師匠・山岡善昇氏とは?京焼・清水焼界の重鎮
山岡善昇氏のプロフィール
名前:山岡善昇(やまおか ぜんしょう)
生年:昭和17年(1942年)生まれ
出身:三重県
師匠:初代善峰師
独立:昭和44年(1969年)26歳の時
修行期間:10年間
工房:山岡善昇窯(京都市岩倉)
肩書:京焼・清水焼伝統工芸士
16歳から陶芸の世界へ
山岡善昇氏は、16歳で陶芸の世界に入りました。京都府立陶工職業訓練所を卒業後、初代善峰師に師事。茶陶の上絵付けに携わり、2026年現在で54年目を迎えるベテラン陶芸家です。
10年の修行期間と「ハングリー精神」
山岡氏自身の修行期間は10年間でした。しかもこれは、師匠と最初から約束した期間だったといいます。
山岡氏は当時をこう振り返っています。
「修行を始めて10年っていうのは、一番脂がのってくる時で親方は手放さないんだけど、私は初めから10年で独立するっていう約束で修行に入りました。
その分、寝る間を惜しんで頑張ったよ」
「毎日、夜なべ(残業)したなあ。ハングリー精神だけは人一倍あったからね」
そして本当に10年後の26歳の時、京都・岩倉で開窯し、独立を果たしました。
「京無鉛絵具」の開発者
山岡氏は1990年頃から、素地の成形から絵付け、焼成まで全工程を一貫製作するようになります。
また、京都府の技術センター、京都市産業技術研究所と共同で**「京無鉛絵具」**を開発。この絵具の開発により、食器などにも京焼・清水焼の特徴を生かした展開が可能になりました。
数々の受賞歴と表彰
主な受賞・表彰歴
- 淡交ビエンナーレ茶道美術公募展
- 京都府デザインコンクール
- 京都陶磁器連合会展
- 京都色絵陶芸展
- 京焼・清水焼展
- 伝統工芸士全国大会において京都府知事賞・京都市市長賞
- 平成18年度:伝統的工芸品産業功労者近畿経済産業局長表彰
- 平成21年:日本伝統工芸士全国大会功労者表彰
- 平成22年度:京都市伝統産業技術功労者表彰
- 平成23年:NHK『美の壺・京焼』出演
「これからも美しいものにトキメキたい」
山岡氏は、京焼・清水焼伝統工芸士会をはじめ、様々な組合の役員として人材育成にも力を注いでいます。
そして今も、こう語っています。
「これからも美しいものにトキメイて、出来るものはすべてやってみたい」
この言葉には、伝統工芸に対する深い愛情と、向上心が込められています。
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「モノになれば使う」師匠の厳しい条件
京都府立陶工技術専門高等学校への入学
上坂さんは、山岡善昇氏の元を訪れ、弟子入りを懇願しました。
しかし山岡氏から返ってきた言葉は、厳しいものでした。
「京都府立陶工技術専門高等学校卒業後、モノになれば使う」
つまり、まずは専門学校で基礎を学び、技術が認められれば弟子として受け入れる、という条件でした。
通常、伝統工芸の世界では、弟子入りを希望しても断られることも多くあります。特に山岡氏のような重鎮ともなれば、簡単には弟子を取りません。
この条件は厳しいものでしたが、同時に「可能性がある」という意味でもありました。上坂さんは、この言葉を希望として受け取り、猛勉強を開始します。
京都府立陶工技術専門高等学校とは?
京都府立陶工技術専門高等学校(現:京都府立京都高等技術専門校 陶工コース)は、陶芸の専門技術を学べる職業訓練校です。
カリキュラムの特徴
- 陶芸の基礎から応用まで体系的に学べる
- 成形、釉薬、焼成、絵付けなど全工程を習得
- 伝統技法と現代技術の両方を学ぶ
- 実習中心の実践的教育
かつて山岡善昇氏も、この学校の前身である京都府立陶工職業訓練所を卒業しています。
異例の年齢での入学
上坂さんが陶工技術専門高等学校に入学した時、すでに手打ち蕎麦職人としてのキャリアを積んだ後でした。
通常、この学校に入学するのは10代後半から20代前半の若者が中心です。上坂さんの年齢での入学は、かなり異例だったと思われます。
しかし、「一度きりの人生、本当にやりたいことをやる」という強い決意が、上坂さんを支えました。
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2016年、山岡善昇氏に弟子入り
専門学校を卒業、そして師匠の元へ
上坂さんは、京都府立陶工技術専門高等学校を無事に卒業します。そして2016年、念願だった山岡善昇氏への弟子入りを果たしました。
「モノになれば使う」という条件をクリアした上坂さん。山岡氏は、上坂さんの真剣さと、学校で身につけた技術を認めたのでしょう。
弟子としての日々
伝統工芸の世界における弟子入りは、想像以上に厳しいものです。
朝早くから夜遅くまで、師匠の仕事を手伝いながら、技術を盗む。「教えてもらう」のではなく、「見て覚える」のが基本です。
上坂さんも、山岡氏の仕事を間近で見ながら、京焼・清水焼の技術を一つひとつ身につけていきました。
学んだ技術
- 絵付けのデザイン設計
- 筆の使い方、絵具の調合
- 金彩の技法
- 焼成の温度管理
- 伝統的な文様の描き方
「善妙」という雅号
上坂さんは、師匠である山岡善昇氏から一文字をいただき、**「善妙」**という雅号を名乗るようになります。
これは、師匠からの信頼と期待の証です。伝統工芸の世界では、師匠から一文字をもらうことは大きな意味を持ちます。
修行期間わずか3年!伝統工芸の世界では異例の早さ
2019年、独立
そして2019年、上坂さんは独立を果たします。
山岡善昇氏に弟子入りしてから、わずか3年での独立でした。
なぜ3年という短期間で独立できたのか?
伝統工芸の世界では、修行期間は通常10年以上が当たり前です。
師匠の山岡善昇氏自身も10年の修行を経て独立しました。そして山岡氏でさえ「10年は一番脂がのってくる時期で、親方は手放さない」と語っているほど、修行期間は長いのが普通です。
では、なぜ上坂さんは3年で独立できたのでしょうか?
理由①:専門学校で基礎を習得していた
上坂さんは、弟子入り前に京都府立陶工技術専門高等学校で基礎を学んでいました。
通常の弟子入りでは、基礎の基礎から教わる必要がありますが、上坂さんはすでに陶芸の基本技術を体系的に習得していたのです。
これにより、弟子入り後はより高度な技術の習得に集中できました。
理由②:人生をかけた覚悟と集中力
「生死をさまよった」経験を持つ上坂さんには、人生をかけた覚悟がありました。
「一度きりの人生、本当にやりたいことをやる」という強い決意が、上坂さんを突き動かしました。
おそらく、他の弟子が1日8時間の修行なら、上坂さんは10時間、12時間と修行に打ち込んだのではないでしょうか。
師匠の山岡氏も「毎日、夜なべ(残業)したなあ。ハングリー精神だけは人一倍あった」と自身の修行時代を振り返っていますが、上坂さんも同じようなハングリー精神を持っていたはずです。
理由③:独立後も師匠との関係は続く
伝統工芸の世界における「独立」は、完全に師匠から離れることを意味しません。
独立後も、師匠に相談したり、技術指導を受けたりすることは一般的です。上坂さんも、独立後も山岡氏との関係を保ちながら、作家活動を続けていると考えられます。
3年という期間は「最低限の技術を身につけ、作品を作れるようになった」という意味での独立であり、その後も研鑽を続けているのでしょう。
理由④:師匠の「人材育成」への熱意
山岡善昇氏は、京焼・清水焼伝統工芸士会などで役員を務め、人材育成に力を注いでいることで知られています。
上坂さんの真剣さ、覚悟、そして才能を見抜いた山岡氏が、「この人なら独立させても大丈夫」と判断したのかもしれません。
伝統工芸の後継者不足が叫ばれる中、本気で技術を学ぼうとする上坂さんのような存在は、師匠にとっても貴重だったはずです。
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京焼・清水焼とは?その歴史と特徴
京焼・清水焼の歴史
京焼は、江戸時代初期頃から東山山麓地域を中心に広がった焼き物のことです。
清水焼は、清水寺の参道である五条坂で作られていた焼き物でした。
現在は、京都で焼かれる焼き物を総称して「京焼・清水焼」と呼んでいます。
江戸時代の名工たち
野々村仁清(1647年頃〜)
瀟洒な色絵で知られる京焼の祖。仁和寺の門前で茶器を焼く御室窯を始めました。赤色系の上絵付を陶器で初めて成功させた革新的な陶工です。
尾形乾山(1663〜1743)
仁清の弟子。兄である尾形光琳と合作で、琳派文様の懐石具などを製作しました。
永樂家
代々優れた陶工を輩出し、千家に作品を納めて今日に至ります。
京焼・清水焼の特徴
京焼・清水焼の最大の特徴は、窯ごとに異なる特色を持つことです。
多様な技法
- 色絵陶磁器
- 染付
- 天目
- 青磁
- 粉引
上絵付けの美しさ
一度焼成した後に上絵付けを施す技法を用いた陶器が多く、繊細で美しい絵付けが特徴です。
作家ごとの個性
京焼・清水焼は、作家ごとの個性が強いのが特徴。同じ京焼でも、作家によって全く異なる作風になります。
伝統的工芸品指定
京焼・清水焼は、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されています。
これは、伝統的な技術・技法を用いて製作され、一定の要件を満たした工芸品にのみ与えられる称号です。
上坂妙さんの作品と工房「うつわひより」
作品の特徴
上坂さん(善妙)の作品は、以下のような特徴を持っています。
①デザインから手がける
形から自分で考えてデザイン設計しています。単に絵を描くだけでなく、器の形そのものからデザインするのが上坂さんのこだわりです。
②成形職人との協働
デザイン設計に基づいて、成形職人さんに依頼して器を作成してもらいます。
③繊細な絵付け
デザインした絵を、一つひとつ手描きで丁寧に描いていきます。
④窯で焼成
絵付けをした器を窯で焼成します。
⑤金彩
焼き上がった陶磁器に、金で描きます。これが上坂さんの作品の大きな特徴です。
⑥再度焼成
金を描いた後、再び窯で焼成します。
⑦金磨きで完成
最後に金磨きをして、作品が完成します。
作品によっては、③④を繰り返すこともあり、一つの作品を完成させるのに多くの工程と時間をかけています。
京都の絵具と金を使用
上坂さんは、主に京都の絵具を使用し、金を用いて絵付けしています。
金彩は、京焼・清水焼の伝統的な技法の一つ。上坂さんの作品は、金の輝きが美しく、高貴な雰囲気を醸し出しています。
代表的な作品
茶道具
茶碗、棗、香合など、茶道で使用する道具を製作しています。伝統的な文様を用いながら、上坂さんらしい現代的な感覚も取り入れています。
ペンダント
「京焼・清水焼を持ち歩く」をコンセプトにした、四季の草花が描かれたペンダント。
短冊形や雫形の陶器に、桜、菊、百合、桔梗、撫子などの草花を描き、裏側には文様を金で描いています。
サイズ
- 短冊形:高さ40mm×幅20mm
- 雫形:高さ40mm×幅20.5mm
- チェーン長:600mm
このペンダントは、伝統工芸を日常に取り入れる新しい試みとして注目されています。
食器・花器

日常使いできる食器や、花を生ける花器なども製作しています。
「全て手作り、手描き」へのこだわり
上坂さんの作品は、全て手作り、手描きです。
そのため、色の出方や絵のタッチが作品ごとに少しずつ異なります。これは機械では出せない、手仕事ならではの温かみです。
工房「うつわひより」
上坂さんの工房は「うつわひより」という名前です。
公式サイト:https://tae-kyoto-ceramic.com/
サイトでは、上坂さんの作品を見ることができます。茶道具、ペンダント、食器など、様々な作品が紹介されています。
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2019年、京都文化博物館で推薦作家として出展
独立した2019年、上坂さんは早くも実績を残します。
京都文化博物館 アートフリーマーケットに、推薦作家として出展したのです。
推薦作家として選ばれるということは、技術と作品の質が認められたということ。独立してわずかの期間で、このような機会を得られたのは、上坂さんの実力の証です。
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上坂妙さんの人生から学ぶこと
①人生はいつからでもやり直せる
上坂さんは、手打ち蕎麦職人という安定した職業を捨て、まったく未経験の陶芸の世界に飛び込みました。
年齢的にも、普通なら躊躇する決断です。しかし上坂さんは、「一度きりの人生、本当にやりたいことをやる」と決めました。
人生はいつからでもやり直せる。
上坂さんの生き方は、そのことを私たちに教えてくれます。
②大病という逆境が人生を変えることもある
「生死をさまよう大病」は、上坂さんにとって辛く苦しい経験だったでしょう。
しかし、その経験があったからこそ、上坂さんは「生かされた一度きりの人生、どう生きるのか」を真剣に考えることができました。
逆境は、時に人生を大きく変えるきっかけになります。
③本気になれば、短期間でも道は開ける
伝統工芸の世界で、3年での独立は異例です。
しかしそれを可能にしたのは、上坂さんの本気の覚悟と、人生をかけた努力でした。
専門学校で基礎を学び、弟子入り後は寝る間も惜しんで修行に打ち込む。その姿勢が、師匠の心を動かし、早期の独立を認められたのでしょう。
本気になれば、短期間でも道は開ける。
④師匠との出会いが人生を変える
上坂さんにとって、山岡善昇氏との出会いは運命的なものでした。
厳しい条件を提示されながらも、それをクリアして弟子入りを果たし、3年で独立を認められる。
良い師匠との出会いは、人生を大きく変える力を持っています。
⑤伝統を守りながら、新しいことに挑戦する
上坂さんは、伝統的な京焼・清水焼の技法を学びながら、「京焼・清水焼を持ち歩く」というコンセプトのペンダントを製作するなど、新しい試みにも挑戦しています。
伝統を守るだけでなく、現代に合わせた新しい形を提案する。この姿勢が、伝統工芸の未来を切り開いていくのです。
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まとめ:「生かされた人生」を全力で生きる
手打ち蕎麦職人から京焼・清水焼の絵付師へ――。
上坂妙さん(善妙)の人生は、多くの人に勇気を与えます。
大病という逆境を乗り越え、「一度きりの人生、本当にやりたいことをやる」と決意。テレビで見た京焼の美しさに魅了され、京都へ。
山岡善昇氏という素晴らしい師匠との出会い。厳しい条件をクリアして弟子入りし、3年という短期間で独立を果たす。
そして今、「うつわひより」という工房で、美しい作品を生み出し続けています。
「生かされた一度きりの人生、どう生きるのか」
この問いに、上坂さんは自分なりの答えを見つけました。それは、京焼・清水焼の美しさを追求し、人々に感動を与える作品を作り続けることです。
上坂妙さんの物語は、今も続いています。これからどんな作品が生まれるのか、とても楽しみです。
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上坂妙さん 基本情報まとめ
✅ 雅号:善妙(ぜんみょう)
✅ 前職:手打ち蕎麦職人
✅ 転機:生死をさまよう大病
✅ 師匠:山岡善昇氏(京焼・清水焼伝統工芸士)
✅ 修行開始:2016年
✅ 修行期間:3年間(伝統工芸の世界では異例の短さ)
✅ 独立:2019年
✅ 工房:うつわひより
✅ 作品の特徴:金彩を用いた繊細な絵付け
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師匠・山岡善昇氏 基本情報
✅ 生年:昭和17年(1942年)
✅ 出身:三重県
✅ 修行期間:10年間
✅ 独立:昭和44年(1969年)26歳
✅ 工房:山岡善

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