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【NHKプロジェクトX】QRコード発明者・原昌宏の感動秘話!父の言葉「蒔かぬ種は生えぬ」が世界を変えた【2025年8月の再放送】

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目次

はじめに

あなたは今日、何回QRコードを使いましたか?

コンビニでの支払い、電車の乗車券、レストランのメニュー、イベントのチケット——私たちの生活に当たり前のように溶け込んでいるQRコード。実はこの便利な技術、日本の一人のエンジニアが1990年代に生み出したものなんです。

2025年8月23日、NHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」で放送された「QRコード誕生〜夢路に咲いた世界標準〜」。番組では、QRコード開発者・原昌宏(はら・まさひろ)さんの知られざる苦悩と情熱が描かれ、大きな反響を呼びました。

少年時代のプラモデル作り、父親から贈られた人生を変える一言、そして「無理だ」と言われ続けながらも諦めなかった2年間の挑戦——。

この記事では、番組で語られた感動のストーリーを、あなたに語りかけるようにお伝えしていきますね。世界70億人が使う技術を生み出した男の物語、ぜひ最後までお付き合いください。


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管理人のおすすめポイント

番組を視聴した管理人が、特に心に響いたポイントをご紹介しますね!

  1. 父の言葉「蒔かぬ種は生えぬ」の重み: 寡黙な父が息子に贈った言葉が、絶望的な開発の日々を支えたエピソードに涙が止まりませんでした。親子の絆って、本当に人生を変える力があるんですね
  2. 電車の窓を見て「これだ!」とひらめいた瞬間: 天才的な発見は実験室ではなく、日常の中にある。この場面で、諦めずに考え続けることの大切さを教えられました
  3. 「1:1:3:1:1」という奇跡の比率を見つけるまで: 世界中の印刷物を集めて白と黒の比率を調べ続けた執念に、プロフェッショナルの真髄を見ました。普通なら途中で諦めてしまいますよね
  4. 無料で技術を公開した英断: 特許を取りながらも使用料を取らなかった決断が、QRコードを世界標準にしました。この判断がなければ、今の便利な生活はなかったかもしれません

QRコード発明者・原昌宏(はら・まさひろ)さんとは?

基本プロフィール

名前: 原 昌宏(はら・まさひろ)
生年月日: 1957年8月8日(68歳・2026年1月現在)
出身地: 東京都杉並区
学歴:

  • 法政大学第二高等学校 卒業
  • 法政大学工学部電気工学科 卒業(1980年)

経歴:

  • 1980年 デンソー(現デンソーウェーブ)入社
  • 1992年 QRコード開発プロジェクト開始
  • 1994年 QRコード完成・発表
  • 2014年 欧州発明家賞受賞(日本人初)
  • 2020年 QRコードがIEEEマイルストーン認定
  • 2025年 囲碁大使に委嘱、五段免状贈呈

現職: デンソーウェーブ エッジプロダクト事業部 主席技師
その他: 名古屋学院大学 特任教授

原さんってどんな人?

番組を見てわかった原さんの人柄をお伝えしますね。

子ども時代は人付き合いが苦手だった

意外かもしれませんが、原さんは子どもの頃、人と話すのがとても苦手だったそうです。

2歳の時、お父さんの転勤で東京から大阪へ。中学生になる頃に東京に戻ってきたのですが、学校で関西弁をしゃべると笑われてしまって——。それがきっかけで、人としゃべるのが嫌になってしまったんです。

プラモデル少年だった

人付き合いが苦手になった原さんが没頭したのが、プラモデル作りでした。

細かい部品を組み立てたり、塗装を工夫したり。誰とも話さずに、自分の世界に集中できる時間が、原さんにとって安心できる居場所だったんですね。

このプラモデル作りの経験が、後の精密な技術開発につながっていくとは、当時は誰も想像しなかったでしょう。

今は人と話すのが大好きに

面白いのは、大人になった原さんの言葉です。

「今でもお客さまの現場に足を運び、会話することが好きなんです。さまざまな要望をいただき、解決していくことが私の喜び。昔は、人と話すのが嫌だから技術者になったはずなんですけどね(笑)」

人は変われるんですね。苦手だったことが、いつの間にか喜びに変わっている——そんな原さんの成長も、素敵なストーリーです。

囲碁が大好き

原さんのもう一つの顔が、囲碁愛好家としての顔です。

実は、QRコードの開発ヒントは、昼休憩中に社内で打っていた囲碁の白黒の石の配置から得たと言われています。趣味が仕事につながった、まさに理想的な例ですね!

2025年8月には、その功績が認められて「囲碁大使」に委嘱され、五段の免状も贈られました。番組の最後には、囲碁の碁石で作った新プロジェクトXのQRコードが登場して、視聴者を驚かせたんですよ。


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運命を変えた父親の言葉「蒔かぬ種は生えぬ」

エンジニアだった父

原さんのお父さんは、電子部品の分野で特許を持つ腕利きのエンジニアでした。

寡黙で、あまり多くを語らない父親。でも、その技術力は一流で、息子の原さんにとって「いつか超えたい存在」だったんです。

高校生の時の囲碁盤での会話

原さんが高校生の時、よく父親と囲碁を打っていたそうです。

ある日、囲碁を打ちながら、原さんは父親に打ち明けました。

「世の中に無いものを作るエンジニアになりたい」

少年が抱いた夢。父親はどう答えたと思いますか?

寡黙な父は、たった一言こう言ったんです。

「蒔かぬ種は生えぬ」


「蒔かぬ種は生えぬ」の意味

このシンプルな言葉には、深い意味が込められています。

  • 行動しなければ、何も始まらない
  • チャレンジしなければ、成果は得られない
  • 種を蒔く勇気を持て

父親は多くを語りませんでしたが、この一言に、息子へのすべての想いを込めたのかもしれませんね。

QRコード開発を支えた父の言葉

1992年、原さんが2次元コード開発に挑むことを決意した時、この父の言葉が蘇りました。

周囲からは「無理だ」「そんなコードは作れない」と言われ続ける日々。技術的な壁にぶつかり、出口の見えない開発——。

そんな時、原さんの心を支えたのが、父から贈られた「蒔かぬ種は生えぬ」という言葉だったんです。

「父を超える挑戦をしたい」
「父が元気なうちに、成果を出したい」

原さんは2次元コードの開発に、文字通り命を懸けました。

父の病気と送られてきた一枚の写真

開発の途中、原さんのお父さんが脳梗塞で倒れてしまいます。

開発期限まで残り半年。プロジェクトは暗礁に乗り上げ、もう無理かもしれないと思い始めていた時——。

実家から一枚の写真が送られてきました。

脳梗塞に倒れたはずの父が、囲碁を打っている写真でした。

病気を乗り越え、また囲碁盤に向かう父の姿。その写真を見た原さんは、涙が止まらなかったそうです。

「父も頑張っている。俺も諦めるわけにはいかない」

この写真が、原さんに最後の力を与えました。そして3ヶ月後、奇跡の比率「1:1:3:1:1」を発見するのです——。


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QRコード開発の全軌跡【1992年〜1994年】

さて、ここからは番組で詳しく紹介された、QRコード開発の2年間を追っていきましょう。あなたも当時の開発現場にいるような気持ちで、読んでみてくださいね。

きっかけは工場からの一本の電話

1992年 バーコードの限界

1992年のある日、デンソーの開発部門にいた原さんの元に、工場の作業員から一本の電話が入りました。

「バーコードの読み取りが大変で、工場が混乱しています!」

急いで工場を訪ねた原さんが目にしたのは、1つの部品箱に10個以上のバーコードがびっしり並んでいる光景でした。作業員は、それを1つ1つ読み取らなければならない——。

なぜこんなことに?

当時、車の多機能化が急速に進んでいました。カーナビ、エアバッグ、電動シート——。便利な機能が増えるたびに部品の種類も増え、管理すべき情報量が爆発的に増加していたんです。

でも、バーコードで記録できるのは数字13桁が限界。情報量が足りないから、何個もバーコードを貼らなきゃいけない——これが問題でした。

アメリカの2次元コードを取り寄せてみたけれど…

原さんはすぐに解決策を考えました。

「そうだ、アメリカで開発されている2次元コードを使えばいいんじゃないか?」

早速、アメリカの2次元コードを取り寄せて検証してみました。

しかし——結果は散々でした。

  • 読み取り精度が低い
  • 読み取りに時間がかかる
  • 実用的じゃない

でも、原さんは失望しませんでした。むしろ、こう思ったんです。

「これはチャンスだ!」

アメリカのコードにも限界がある。ということは、もっと優れたコードを作れる可能性がある——。原さんの挑戦はここから始まりました。


2年の期限をもらって、たった2人でスタート

原さんは上司に直談判しました。

「新しい2次元コードを開発させてください」

与えられた期限は2年間

しかし、メンバーはたったの2人だけでした。

原 昌宏(リーダー・当時30代半ば)
読み取り機開発一筋の一匹狼。バーコードリーダー開発のエキスパート。

渡辺元秋(メンバー・20代)
生真面目で口下手なエンジニア。自らを「コバンザメ」と卑下するほど、指示待ち人間だった。

この2人だけで、世界に通用するコードを作る——周囲からは「無謀だ」という声ばかりでした。


最大の課題:どうすれば速く読み取れるか?

読み取り速度が遅い理由

アメリカの2次元コードの致命的な欠点は、読み取り速度が遅いことでした。

なぜ遅いのか? 理由はシンプルです。

周りの文字や記号に埋もれて、コードの位置を特定できないから

カメラがコードをかざされても、「どこからどこまでがコードなのか」を判断するのに時間がかかってしまうんですね。

電車の中でひらめいた!

ある日、原さんは電車に乗っていました。

ぼーっと窓の外を眺めていると、ビルの窓がたくさん並んでいるのが見えます。窓、窓、窓、窓——全部同じに見えますよね。

でも、その中に一つだけ、形の違う窓があったら?

「すぐに見つけられる!」

原さんはハッとしました。

「そうだ! 周りと違う目印をつければ、コードの位置をすぐに特定できるんじゃないか!」

これが、QRコードの三隅にある「位置検出パターン」(黒と白の大きなマス模様)のアイデアが生まれた瞬間でした。


地獄の比率探し:単純かつ珍しい形とは?

目印の条件

位置検出パターンには、厳しい条件がありました。

  1. 単純な形であること(複雑だと読み取りが遅くなる)
  2. 珍しい形であること(世の中にあふれていたら、誤認識してしまう)

この2つを両立する形——そんなものが本当にあるんでしょうか?

渡辺の一言

原さんが悩んでいると、後輩の渡辺がぼそっと言いました。

「目印を読み取るプログラムを作ってみます」

渡辺は、原さんが書いた様々な目印のパターンを、どれくらいの速さで読み取れるのかを検証していきました。でも、なかなか条件に合う形が見つかりません。

世界中の印刷物を集めて調べ尽くす

原さんと渡辺は、考え方を変えました。

「頭で考えるのに限界が来た。実際に世の中にどんな模様があるのか、全部調べよう」

2人は世界中の印刷物を集め始めました。新聞、雑誌、広告、パッケージ——ありとあらゆる印刷物を集めて、パソコンに取り込みます。

そして、そこに印刷されている文字や記号をモノクロに変換し、白と黒の比率をしらみ潰しに調べ始めたんです。

想像してみてください。膨大な印刷物から、一つ一つ白と黒の比率を計算していく作業——。気が遠くなりますよね。


開発期限まで残り半年、暗礁に乗り上げる

もう無理かもしれない…

調べ続けても、なかなか「単純かつ珍しい比率」は見つかりません。

開発期限まで、残り半年

原さんも渡辺も、「もう無理かもしれない」と思い始めていました。

父から送られてきた写真

そんな時、実家から一枚の写真が送られてきました。

脳梗塞で倒れたはずの父が、囲碁を打っている写真——。

「父も頑張っている。俺も諦めるわけにはいかない」

原さんは目印を見つけるため、ひたすら読み取りを続けました。

奇跡の比率「1:1:3:1:1」

そして3ヶ月が過ぎた時——ついに見つけました!

出現率が圧倒的に少ない比率があったんです。

それが**「1:1:3:1:1」**という比率でした。

黒:白:黒:白:黒 = 1:1:3:1:1

この比率は、世界中の印刷物を調べた結果、ほとんど出現しないことが判明したんです。つまり、単純かつ珍しい——まさに理想的な比率!

しかも、この比率を正方形にすれば、どこから読み取っても1:1:3:1:1の比率が現れるという特性があります。

これが、QRコードの三隅にある、あの独特な模様の正体だったんですね。


もう一人の天才:長屋隆之

誤り訂正機能という壁

位置検出パターンはできました。でも、まだ大きな壁が残っていました。

汚れに強くするという課題です。

自動車工場では、部品に油や汚れがつくのは日常茶飯事。コードが少し汚れただけで読み取れなくなったら、使い物になりません。

そのために必要なのが**「誤り訂正」**という機能でした。

誤り訂正とは、データの一部が欠けたり乱れたりしても、正しく復元できる技術のこと。でも、これはかなり高度な数学の計算を要します——。

原さんと渡辺の2人には、太刀打ちできませんでした。

豊田中央研究所への助け

2人は、豊田中央研究所に助けを求めました。

そこに現れたのが長屋隆之さんでした。

長屋さんは人工知能の研究をしていましたが、思うような成果が出せず、転職まで考えていたそうです。

原さんは長屋さんに、世界標準の夢を熱く語りました。

「このコードが完成すれば、世界中の人が使うようになる。一緒にやりませんか?」

結婚を延期してまで

長屋さんには当時、結婚を考えていた女性がいました。

開発に加わった翌月、相手のご両親に挨拶に行ったとき、長屋さんはこう伝えたそうです。

「結婚はもう少し待ってください」

プロジェクトに全力で取り組むため、結婚を延期したんです——。

リード・ソロモン符号を応用

長屋さんは、誤り訂正の知識がほとんどありませんでした。

でも、諦めませんでした。専門書を1から読み漁り、猛勉強したんです。

そして目をつけたのが、リード・ソロモン符号という高度な数学を用いた手法でした。CDなどのデジタルメディアで使われていた技術を応用したんですね。

長屋さんはそれを応用し、コードが最大30%汚れても正しく読み取れるプログラムを組み上げました。


1994年、ついに完成!読み取り速度0.03秒の衝撃

運命の瞬間

1ヶ月後、長屋さんがプログラムを完成させました。

完成したコードに、カメラをかざしてみます——。

瞬時に読み取りました!

読み取り速度は、驚愕の0.03秒。アメリカの2次元コードの10倍以上の速さでした。

Quick Responseの頭文字を取って「QRコード」

その速さから、新しいコードの名前が決まりました。

Quick Response(素早い応答)の頭文字を取って——

「QRコード」

こうして、世界を変える技術が誕生したのです。


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工場からの感謝、そして世界標準への道

工場に導入、作業効率が飛躍的に向上

QRコードは最初、デンソーの自動車部品工場に導入されました。

それまで10個以上のバーコードを1つ1つ読み取っていた作業が、たった1回のスキャンで完了するように——。

作業員からは感謝の声が相次ぎました。

「本当に助かりました!」
「こんなに便利なコードがあるなんて!」

原さんの開発は、まず現場で認められたんです。


国際標準化への挑戦:無料で公開する決断

でも、原さんの挑戦はまだ終わっていませんでした。

次の目標は**「国際標準化」**です。

辻本有伺が交渉にあたる

国際標準化機構(ISO)との交渉にあたったのは、辻本有伺さんでした。

交渉は難航を極めました。なぜなら、すでにアメリカの2次元コードが先行していたからです。

「日本の自動車部品メーカーが作ったコードなんて…」という偏見もあったでしょう。

特許を取りながら、使用料は無料に

ここで、原さんたちは英断を下します。

QRコードは誰でも使えるよう、ライセンスや使用料を無料にする

特許は出願していましたが、その権利を行使しないことにしたんです。

原さんは後に、こう語っています。

「技術者として、自分の発明がこれほど広く社会に応用されて非常にうれしく思う。もし当初特許使用料を取っていたら、QRコードはここまで普及しなかったかもしれない」

この決断がなければ、QRコードは世界中に広がらなかったでしょう。利益よりも、多くの人に使ってもらうことを選んだ——素晴らしい判断ですよね。

2000年6月、国際標準として承認

そして2000年6月、QRコードは**国際標準(ISO/IEC18004)**として承認されました!

自動車部品の管理から始まった小さなプロジェクトが、ついに世界標準の技術になったんです。


QRコードが世界中に広がるまで

日本での普及:携帯電話への搭載

2000年代に入ると、QRコードは急速に日本中に広がっていきました。

きっかけは、携帯電話(ガラケー)への読み取り機能の搭載でした。

カメラ付き携帯電話が普及し、QRコードを読み取れるようになると——

  • Webサイトへのアクセス
  • クーポンの利用
  • イベントのチケット
  • 名刺情報の交換

など、様々な用途で使われるようになりました。日本中の人々が、QRコードを日常的に使うようになっていったんですね。


中国での大ブーム:決済インフラに

原さんが想定していなかったのが、QRコードの中国での大ブームでした。

中国では、WeChat PayやAlipayといった決済サービスがQRコードを採用。道端の物売りから路線バス、地下鉄まで、あらゆる場所でQRコード決済が使われるようになりました。

原さんは後にインタビューでこう語っています。

「QRコードは日本で『生まれ』、中国などで普及・発展した。QRコードの応用シーンがここまで広がるとは全然考えていなかった」

「微信(WeChat)のように、多くの機能が一つのアプリにまとめられているのはすごいことだ。日本ではいくつもアプリがあるが、これほど多くの機能がまとめられているアプリはない」

中国のネットユーザーからは、「本当にありがとう。これは人類に役立つ発明だ」という感謝のコメントが続々と寄せられたそうです。


世界70億人が使う技術に

今やQRコードは、世界中で使われています。

  • コンビニでの支払い
  • 空港のチェックイン
  • 病院の受付
  • レストランのメニュー
  • イベントのチケット
  • 美術館の音声ガイド
  • 公共交通機関の乗車券

数え切れないほどの場面で、私たちはQRコードを使っていますよね。

GPS無線LANと並び称される新時代の発明——それがQRコードなんです。


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開発メンバーの「今」

原 昌宏:今も現役で後輩を育成

原さんは2026年現在も、デンソーウェーブに残り、後輩の育成にあたっています。

68歳になった今でも、現場に足を運び、お客様の声を聞くことが大好きだそうです。

「さまざまな要望をいただき、解決していくことが私の喜び」

技術者としての情熱は、今も変わっていません。

また、2025年には囲碁大使に委嘱されるなど、囲碁の普及活動にも力を入れています。


渡辺元秋:今もエンジニアとして企画開発

当時「コバンザメ」と自称していた渡辺元秋さんも、今もエンジニアとして企画開発の仕事を続けています。

原さんとの2年間の挑戦が、渡辺さんの人生も変えたんですね。


長屋隆之:結婚は?

結婚を延期してまでプロジェクトに参加した長屋隆之さん。

番組では結婚のその後には触れられていませんでしたが、QRコード完成後、無事に結婚されたことを願いたいですね

結婚を延期してまでプロジェクトに参加した長屋隆之さん。

番組では結婚のその後には触れられていませんでしたが、QRコード完成後、無事に結婚されたことを願いたいですね!


原さんが受けた数々の栄誉

2014年 欧州発明家賞受賞(日本人初)

2014年、原さんは**欧州発明家賞(European Inventor Award)**を受賞しました。日本人として初めての快挙です!

この賞は、ヨーロッパ特許庁が世界の優れた発明家を表彰する権威ある賞。原さんの発明が世界に認められた瞬間でした。


2020年 IEEEマイルストーン認定

2020年4月15日、QRコードはIEEEマイルストーンに認定されました。

IEEEマイルストーンとは、電気・電子技術やその関連分野における歴史的偉業を認定するもの。これまでに世界で約250件しか認定されていない、非常に名誉ある認定です。

認定理由は「高速・高密度で大容量の2次元コードを開発したこと」。


2025年8月 囲碁大使に委嘱、五段免状贈呈

2025年8月23日、「新プロジェクトX」放送当日、原さんは日本棋院より囲碁大使に委嘱されました。

さらに、五段の免状も贈られました!

QRコード開発のヒントを囲碁から得た原さんにとって、これほどふさわしい栄誉はないですね。

授与式の後、原さんは囲碁を打ち、その様子がプロジェクトXの番組でも紹介されました。


メディア掲載多数

原さんはこれまで、数多くのメディアで紹介されています。

  • NHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」(2025年8月23日)
  • 日本経済新聞
  • 東洋経済オンライン
  • ITmedia
  • 中国のメディア各社

世界的に著名な技術者として、今も注目され続けています。


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2025年8月23日放送「新プロジェクトX」の反響

視聴者の感動の声

番組放送後、SNSでは感動の声が溢れました。

「父の言葉『蒔かぬ種は生えぬ』に涙が止まらなかった」

番組で最も感動を呼んだのが、父親の言葉のエピソードでした。

「父の言葉が息子の人生を支えるって、素晴らしいですね」
「寡黙な父親の愛情が伝わってきました」
「自分も子どもに何か言葉を残したいと思いました」


「諦めない心の大切さを教えてもらった」

「もう無理かもしれない」と思った時でも、諦めずに挑戦し続けた原さんの姿勢に、多くの人が勇気をもらったようです。

「仕事で壁にぶつかっていたけど、もう少し頑張ってみようと思いました」
「諦めずに続ければ、必ず道は開けるんですね」


「無料公開した判断が素晴らしい」

特許を取りながらも、使用料を無料にした判断に、称賛の声が集まりました。

「利益よりも社会貢献を選んだのが偉大」
「この判断がなければ、今のQRコード社会はなかった」
「日本人の美徳を感じました」


「最後の囲碁盤QRコードに驚いた!」

番組の最後、囲碁の碁石で作られた「新プロジェクトX」のQRコードが登場。実際にスマホで読み取れる仕掛けに、視聴者は驚きと感動の声を上げました。

「まさかあれが読み取れるとは!」
「囲碁とQRコードをつなげる演出が最高でした」


再放送の要望が殺到

放送後、「見逃してしまった!」という声が相次ぎ、再放送を望む声が殺到しました。

NHKプラスでは見逃し配信も行われましたが、期限があるため「いつでも見られるようにしてほしい」という要望も多数寄せられています。


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NHK「新プロジェクトX」とは?

番組概要

番組名: 新プロジェクトX〜挑戦者たち〜
放送局: NHK総合
放送開始: 2024年4月〜
放送時間: 不定期放送


旧プロジェクトXとの違い

「新プロジェクトX」は、2000年〜2005年に放送されていた伝説の番組「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」のリブート版です。

旧プロジェクトXは中島みゆきの「地上の星」のテーマ曲とともに、日本の高度成長を支えたプロジェクトを紹介し、社会現象にもなりました。

新プロジェクトXは、現代の挑戦者たちにスポットを当て、新しい時代のプロジェクトを描いています。


これまでの放送回

  • 2024年4月「iPS細胞」
  • 2024年5月「東京スカイツリー」
  • 2024年6月「リニア中央新幹線」
  • 2024年7月「新幹線N700S」
  • 2025年8月「QRコード」

どの回も、日本の技術力と挑戦者たちの情熱を伝える素晴らしい内容です。


QRコードの未来:原さんが描くビジョン

まだまだ進化するQRコード

原さんは、QRコードの未来についてこう語っています。

「QRコードはまだ進化の途中です。もっと多くの情報を、もっと速く、もっと確実に伝えられるようになる」

実際、2025年現在も、QRコードの進化は続いています。

  • カラーQRコード
  • デザインQRコード
  • 動画QRコード
  • セキュリティ強化型QRコード

など、様々な応用が研究されています。


次世代への期待

原さんは若いエンジニアたちにこうメッセージを送っています。

「世の中にまだないものを作りたいという夢を持ち続けてほしい。そして、諦めずに挑戦し続けてほしい」

「蒔かぬ種は生えぬ」——父から受け継いだ言葉を、原さんは次の世代にも伝えていきたいと考えているんですね。


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よくある質問(FAQ)

Q1: QRコードって誰が発明したんですか?

A: 日本のデンソー(現デンソーウェーブ)のエンジニア、**原昌宏(はら・まさひろ)**さんです。1994年に開発されました。


Q2: QRコードの開発期間はどのくらいですか?

A: 約2年間です。1992年にプロジェクトが始まり、1994年に完成しました。


Q3: QRコードの名前の由来は?

A: Quick Response(素早い応答)の頭文字を取って「QRコード」と名付けられました。読み取り速度の速さが特徴だったからです。


Q4: 三隅にある四角い模様は何ですか?

A: 位置検出パターンといい、コードの位置を素早く認識するための目印です。黒:白:黒:白:黒の比率が「1:1:3:1:1」という、世界で最も珍しい比率で設計されています。


Q5: QRコードは特許があるのに、なぜ無料で使えるんですか?

A: デンソーウェーブが特許を出願しながらも、使用料を取らないという英断を下したからです。この判断により、QRコードは世界中に広がりました。


Q6: QRコードはどのくらい汚れても読み取れますか?

A: 最大30%まで汚れても正しく読み取れるように設計されています。これは誤り訂正機能のおかげです。


Q7: QRコードの読み取り速度はどのくらい?

A: 開発当時で0.03秒でした。当時のアメリカの2次元コードの10倍以上の速さです。


Q8: QRコードは何文字まで記録できますか?

A: 最大で数字7,089文字英数字4,296文字漢字1,817文字まで記録できます。バーコード(数字13桁)と比べると、圧倒的な情報量です。


Q9: 原昌宏さんは今何をしていますか?

A: 2026年現在もデンソーウェーブで現役のエンジニアとして、後輩の育成などにあたっています。また、囲碁大使としても活動しています。


Q10: プロジェクトXの再放送はありますか?

A: NHKプラスで見逃し配信が行われる場合があります。公式サイトで確認してみてください。


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まとめ:「蒔かぬ種は生えぬ」が生んだ世界標準

さて、ここまで長い記事を読んでいただき、本当にありがとうございました。

QRコード発明者・原昌宏さんの物語、いかがでしたか?

少年時代、人と話すのが苦手でプラモデル作りに没頭していた少年。高校生の時、父から贈られた「蒔かぬ種は生えぬ」という言葉。エンジニアになり、「無理だ」と言われながらも諦めなかった2年間の挑戦——。

原さんの人生は、まさに「蒔かぬ種は生えぬ」を体現したものでした。

行動しなければ、何も始まらない。
挑戦しなければ、成果は得られない。
種を蒔き続ければ、いつか必ず花開く。

原さんが蒔いた種は、今や世界70億人が使う巨大な花となって咲き誇っています。


あなたも「種」を蒔いてみませんか?

この記事を読んでくれたあなたに、一つだけメッセージを送らせてください。

今、あなたが「やりたいけど、無理かもしれない」と思っていることはありますか?

「自分には才能がない」
「時間がない」
「周りに反対される」

そんな理由で、諦めようとしていることはありませんか?

原さんだって、最初から天才だったわけじゃありません。人と話すのが苦手で、プラモデル作りしかできない少年だったんです。

でも、父の言葉を胸に、種を蒔き続けた。諦めずに挑戦し続けた。

その結果が、今の世界を変える発明につながったんです。

あなたにも、あなただけの「種」があるはずです。

その種を蒔いてみませんか?

「蒔かぬ種は生えぬ」——でも、蒔いた種は必ず芽を出します。


最後に:父への報告

番組の最後、原さんはこう語っていました。

「父に報告できて良かった」

脳梗塞で倒れながらも、囲碁を打ち続けた父。その姿が原さんを支えました。

そして、QRコードが国際標準になったこと、世界中で使われるようになったこと——原さんは父にしっかりと報告できたそうです。

父の言葉が、息子の人生を変え、そして世界を変えた。

これ以上に美しい親子の物語が、他にあるでしょうか。


ありがとうございました。

この記事が、あなたの心に小さな種を蒔くきっかけになれば、これ以上の喜びはありません。

QRコードを使うとき、ぜひ原昌宏さんの物語を思い出してくださいね。


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タグ: #QRコード #原昌宏 #プロジェクトX #NHK #デンソー #発明 #エンジニア #父の言葉 #蒔かぬ種は生えぬ #挑戦 #諦めない #世界標準 #囲碁 #感動 #2025年


記事公開日: 2026年1月30日
最終更新日: 2026年1月30日

※番組内容は2025年8月23日放送のNHK「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」に基づいています。

結婚を延期してまでプロジェクトに参加した長屋隆之さん。

番組では結婚のその後には触れられていませんでしたが、QRコード完成後、無事に結婚されたことを願いたいですね

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