Netflixで配信されたアメリカ版ドラマ『ランナウェー』は、ハーラン・コーベン原作らしい重厚なミステリーとして注目を集めました。
しかし最終回を迎えた後、ネット上では「納得できた」「消化不良だった」と評価が大きく分かれています。
なぜこの結末は賛否を呼んだのでしょうか。この記事では、最終回の内容を振り返りながら、その理由を考察していきます。
Netflix版「ランナウェー」とはどんなドラマか
Netflix版『ランナウェー』は、ハーラン・コーベン原作小説を映像化したアメリカドラマです。
物語の中心にあるのは、突然姿を消した家族や大切な人をめぐる謎と、その裏に隠された過去の秘密です。
骨格部分は原作に近い作りです。
一見すると家族ドラマのようですが、話が進むにつれて犯罪や嘘、人間関係の歪みが次々と明らかになっていきます。
家族の秘密の下りも原作にちかい。
静かな展開ながらも、少しずつ真実に近づいていく構成は、まさにコーベン作品らしい特徴だと言えるでしょう。
最終回で描かれた結末のポイント
最終回では、物語の核心となっていた謎が一応の形で明らかになります。
失踪の理由や事件の背景は説明されますが、すべてが明確に語られるわけではありませんでした。
特に印象的だったのは、「真実が分かったからといって問題が解決するわけではない」という終わり方です。
登場人物たちは答えを知った後も、それぞれ重い現実を抱えたまま生きていくことになります。
この余白の多いラストが、視聴者の受け取り方を分ける要因になりました。
なぜ結末に賛否が分かれたのか
賛否が分かれた理由の一つは、視聴者が期待していた「答えの形」の違いです。海外ドラマに慣れていない人ほど、すべての伏線が回収され、感情的にもスッキリする結末を求めがちです。
しかし『ランナウェー』は、あえて説明を省き、視聴者に考えさせる終わり方を選びました。
そのため、「投げっぱなしに感じた」「結局どういうこと?」という声が出た一方で、「現実的で良かった」「考えさせられる」と高く評価する人もいました。
原作・ハーラン・コーベン作品らしさが出たラスト【考察】
私自身は、この結末こそがハーラン・コーベン作品の本質だと感じました。
彼の物語は、単なる謎解きではなく、人間の弱さや過去の選択がどれほど人生に影響を与えるかを描いています。
すべてを言葉で説明しないからこそ、登場人物たちの苦しさや後悔がリアルに伝わってきます。
視聴者に委ねられた余白は、「あなたならどう受け止めるか」と問いかけているようにも見えました。
中高年世代だからこそ、若い頃とは違う感覚でこの結末を受け止めた人も多いのではないでしょうか。
評価が割れても記憶に残る理由
ランナウェーは、見終わった後に「面白かった」で終わる作品ではありません。しばらく時間が経ってから、ふと登場人物の選択や言葉を思い出すタイプのドラマです。
賛否が分かれたという事実自体が、この作品が多くの人の心に何かを残した証拠とも言えます。
万人受けはしなくても、強く刺さる人には深く刺さる。そんなドラマだったと言えそうです。
ホント娘を持つ親ならいたたまれないです。
娘いらないwww
まとめ:
Netflix版『ランナウェー』の結末が賛否を呼んだ理由は、視聴者に明確な答えを与えなかった点にあります。
しかしその曖昧さこそが、原作の持つテーマを忠実に映像化した結果とも言えるでしょう。
すべてを理解しようとするよりも、自分なりの答えを見つける楽しみがある作品です。
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